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<title>My Web Log</title>
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<title>ジャングルを探検？、または商業ビルを散策</title>
<description> 近くの商業ビルの最上階では、たびたび百貨店「○○セール」のたぐいをやっている。すると、どこからともなく人がどっと押しかけてくる。ビルの入口までは、駅との間でバスによるピストン輸送が行われるのが常だ。紙袋をいくつも抱えた人が長打の列をなす。さらに、年に一度か二度、ビルをあげて「○○の市」と銘打ってお祭り騒ぎ。そこへも、どっと人が押しかける。そのことは以前から知っていた。昼食後、家人にそそのかされて、一瞬
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<![CDATA[ <p>近くの商業ビルの最上階では、たびたび百貨店「○○セール」のたぐいをやっている。すると、どこからともなく人がどっと押しかけてくる。ビルの入口までは、駅との間でバスによるピストン輸送が行われるのが常だ。紙袋をいくつも抱えた人が長打の列をなす。さらに、年に一度か二度、ビルをあげて「○○の市」と銘打ってお祭り騒ぎ。そこへも、どっと人が押しかける。そのことは以前から知っていた。<br /><p>昼食後、家人にそそのかされて、一瞬ためらったものの、どんなテナントが入っているのか見るつもりで出かけることになった。<br /><p>催事会場のフロアの一階下でエレベーターを降りて回廊のようになっている通路を歩き始めた。昼時を過ぎたばかりなのでまだ食事でもしているのか、出足が遅いのか、想像していたほどの人出ではない。<br /><p>「ちょっと、これ」と自分の傘を押し付けるがはやいか連れは百獣群れなすブッシュならぬ人ごみに消えた。うごめく人ごみをしばし呆然とみていること10余分。連れはショッピング袋を一つ抱えて戻った。息こそあらくはないが、心持ち上気顔。<br /><p>そんなことを繰り返しながら回廊巡りが続く。最終日とかで呼び込みの声が段々と大きくなっている。最終日狙いなのか人出も増え続けている。「○％オフ」や「どれでも○円」、「レジで○割引き」という呼び声があちらでもこちらでも。香港の市場へ迷い込んだような気分。わが連れは時々姿が見えなくなり、時には何がしか獲物を抱えて戻ってくる。<br /><p>いまや、婦人の衣服、子ども用品、輸入雑貨、エスニック家具・小物、装身具、文具などの店や商品ではなく、行き交う人たちのウォッチを楽しむ。ほとんどがfemale。たまにストリングを引っ張られるようにmale。時々、家族連れ。maleの一人歩きは見えない。日本語以外の、多分、東アジア系の言葉が時々飛び込んでくる。そんなに有名なのか。<br /><p>ローラー作戦よろしく会場をくまなく歩く。人ごみでだんだん歩き難くなる。気のせいか、みんなの荷物がだんだんふくらんでいる。それにしても、femaleらのなんとたくましいことか、といまさらながら感心。<br /><p>そんなこんなで、皇居の周りを一周散歩しても余るほどの時間の後、1階にたどり着いた。なんとも、グレートジャーニーになってしまった。グッタリだが、連れは満足げ。げに不思議な生き物、と聞こえないようにつぶやく。 ]]>
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<title>杉山選手にエール</title>
<description> ≫杉山 ペネッタを下し3回戦進出ウィンブルドン選手権。日本期待の星、錦織は初戦で早々と棄権。日本でも人気のシャラポワも敗れて2回戦敗退。杉山は3回戦進出を決めた。まずは喜ばしい。杉山といえば、伊達の復帰にともなう騒ぎへの反応が思い浮かぶ。伊達は37歳にして12年ぶりに現役復帰。ニュース性のゆえにマスコミも飛びついた。以後、なにかにつけてマスコミに登場。杉山はそんな世間の反応にそっけない。「（伊達さんは）引
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<![CDATA[ ≫<a href="http://www.afpbb.com/article/sports/tennis/wta/2410909/3079772" target="_blank">杉山 ペネッタを下し3回戦進出</a><br /><br /><p>ウィンブルドン選手権。日本期待の星、錦織は初戦で早々と棄権。日本でも人気のシャラポワも敗れて2回戦敗退。杉山は3回戦進出を決めた。まずは喜ばしい。<br /><p>杉山といえば、伊達の復帰にともなう騒ぎへの反応が思い浮かぶ。伊達は37歳にして12年ぶりに現役復帰。ニュース性のゆえにマスコミも飛びついた。以後、なにかにつけてマスコミに登場。杉山はそんな世間の反応にそっけない。「（伊達さんは）引退も突然だったけど、復帰も突然ね。若い選手の刺激になればって言うけど、みんな懸命にやっている」てな調子。なにか、舌打ちが聞こえる気がする。<br /><p>杉山はずっと母親とともに海外を転戦しながらテニス漬けの日々を送っている。年齢的にはもう「若い選手」の括りに入らないかもしれない。とはいえ、頑張っているのに「頑張ってね」て言われたらムッともしよう。そんな苛立ちがブログに読み取れる。<br /><p>マスコミも世間も、興味本位が常。熱しやすく、冷めやすい。いまでこそ、インターネットのおかげで通信社配信のニュースを誰でも素早く手軽にキャッチできる。昔なら、テレックスで世界中をたらい回しされた情報を活字化した専門媒体を探し回って入手しないといけなかった。つまり、その気があればお気に入りの選手の活躍をたどる手立てがある。<br /><p>ただキャッワァッてやってるんじゃなく、世界に飛び出た選手の活躍をたどり、声援を送りたいものだ。F1レースの中継を見ていると、海外のファンは選手やその戦績をよく知った上で、順位だけでなくその戦い方に惜しみない声援を送っている。いつも感心する。サッカーのフーリガンによる暴動もどきの騒ぎには呆れるばかりだが… ]]>
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<dc:date>2008-06-27T10:23:09+09:00</dc:date>
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<title>いぶかしや、捕鯨反対運動</title>
<description> ≫ツチクジラ捕鯨解禁、南房総市で初水揚げ国際捕鯨委員会(IWC)がチリのサンティアゴで開催中であるが、千葉・南房総市からはこんなニュースが。どんな理屈と線引きで商業捕鯨が禁止されることになったのか、正直なところ不勉強なためによく承知していない。表向きには資源の保護が声高に叫ばれている。鯨の問題になるとヒステリックになる西欧のあの反応はいささかいぶかしい。昔、よく鯨肉を食べさせられた。竜田揚げや大和煮など
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<![CDATA[ ≫<a href="http://www.afpbb.com/article/environment-science-it/environment/2410379/3074636" target="_blank">ツチクジラ捕鯨解禁、南房総市で初水揚げ</a><br /><br /><p>国際捕鯨委員会(IWC)がチリのサンティアゴで開催中であるが、千葉・南房総市からはこんなニュースが。<br /><p>どんな理屈と線引きで商業捕鯨が禁止されることになったのか、正直なところ不勉強なためによく承知していない。表向きには資源の保護が声高に叫ばれている。鯨の問題になるとヒステリックになる西欧のあの反応はいささかいぶかしい。<br /><p>昔、よく鯨肉を食べさせられた。竜田揚げや大和煮などはましな方で、魚屋などで見かけたのはもっぱら皮付き脂身のブロック。はっきり言って、あまり良い印象はなかった。それが、いつしか鯨々となったのは捕鯨が禁止されてからという気がする。禁断の食肉と取り沙汰され、脚光を浴びた結果、話題性も値打ちも数段上がったのだろう。実際、手に入りにくいわけで、現物の価格も上がったに違いない。<br /><p>ニュースで反捕鯨団体の妨害行為が報道されたりする。あのくらい真剣に戦争反対や核廃絶を訴えるべきでは、あるいは、鯨の保護より先に取り組むべき問題があるのでは、などと思ったりする。あれだけ激しく鯨の保護を訴えながら、人の生存すら危うくする環境汚染に言及しないのはどうして、といぶかしむ。<br /><p>捕鯨反対運動や環境保護運動には、大手資本が資金を出していて、他の出来事から目を逸らさせる狙いがある、などとブラックな説も何かで読んだ。そのためか、なにか恣意的なものを疑ってしまうのは一人だけか。<br /><p>今回のIWCは静かに始まったらしい。いずれにしても、感情論に流されることなく、もっと科学的なアプローチを願いたいものだ。泣く子と地頭には勝てない、てなことではお寒い限りだ。 ]]>
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<dc:date>2008-06-26T10:12:33+09:00</dc:date>
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<title>あ～ぁ、功を焦るブッシュに見限られてしまった</title>
<description> ≫米ライス長官、「拉致問題の棚上げはない」≫北朝鮮の日本人拉致問題、忘れることはない＝米国務長官≫米政府、北朝鮮が26日に核計画申告行うと明らかに　同日中にテロ国家指定解除手続きへ≫北朝鮮、２６日に核申告　米、テロ指定同時解除へ米ライス長官が敢えてこんなコメントをしなきゃなんないほどみえみえ。ブッシュ政権は最悪、との評価が固まりかねないのだから焦るわけだが、もう手遅れでは。にもかかわらず、日本政府にはわ
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<![CDATA[ ≫<a href="http://www.afpbb.com/article/politics/2409493/3070671" target="_blank">米ライス長官、「拉致問題の棚上げはない」</a><br />≫<a href="http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPJAPAN-32394320080623?feedType=RSS&feedName=topNews" target="_blank">北朝鮮の日本人拉致問題、忘れることはない＝米国務長官</a><br />≫<a href="http://www.fujitv.co.jp/safe/red_mpl/common/frame/fnnnewsFrame.cgi?MD=n&URL=http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00135365.html" target="_blank">米政府、北朝鮮が26日に核計画申告行うと明らかに　同日中にテロ国家指定解除手続きへ</a><br />≫<a href="http://www.asahi.com/international/update/0624/TKY200806230312.html?ref=rss" target="_blank">北朝鮮、２６日に核申告　米、テロ指定同時解除へ</a><br /><br /><p>米ライス長官が敢えてこんなコメントをしなきゃなんないほどみえみえ。ブッシュ政権は最悪、との評価が固まりかねないのだから焦るわけだが、もう手遅れでは。<br /><p>にもかかわらず、日本政府にはわからないって? 当事者能力ないんじゃないの。それにしても、官房長官談話のなんとねぼけていることか。元々役人上がりなのだから得意技か。政府・与党の政治家に活きているのは外圧センサーと利権センサーだけか?<br /><p>拉致家族の心境や、いかに。「またしても裏切られた」といったところか。 ]]>
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<dc:date>2008-06-24T11:58:47+09:00</dc:date>
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<title>鎌倉散歩(1)-6</title>
<description> 銭洗弁天を後にして、ひたすら坂を下る。途中、案内標識に従って右に折れる。なんか住宅地に迷い込んだ感じ。やがて、左手に神社らしき建物。下社というが新しそうだ。あてがはずれたか。下社脇の看板に曰く、相州鎌倉隠里佐助稲荷神社由緒当社は源頼朝公の再建せし古社にして御祭神は宇加御魂命・大己貴命・佐田彦命・大宮女命・事代主命。往古頼朝公伊豆蛭ケ小島の配所にて、平家討伐を白夜念じをりし折、稲荷の大神気高き老翁の
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<![CDATA[ <p>銭洗弁天を後にして、ひたすら坂を下る。途中、案内標識に従って右に折れる。なんか住宅地に迷い込んだ感じ。やがて、左手に神社らしき建物。下社というが新しそうだ。あてがはずれたか。<br /><img src="http://blog-imgs-21.fc2.com/o/i/c/oicu/SSK000.jpg"><br />下社脇の看板に曰く、<blockquote><h5>相州鎌倉隠里<br>佐助稲荷神社由緒</h5><br /><p>当社は源頼朝公の再建せし古社にして御祭神は宇加御魂命・大己貴命・佐田彦命・大宮女命・事代主命。<br /><p>往古頼朝公伊豆蛭ケ小島の配所にて、平家討伐を白夜念じをりし折、稲荷の大神気高き老翁の姿にて夢に現れ給い、挙兵をうながし、その時期を啓示し給えり。<br /><p>頼朝公天下一統の礎を固めし後、稲荷神霊の加護に感謝し畠山重忠に命じ、佐介山隠れ里の霊地を選び社殿を造建せしむ。人々の信仰きわめてあつく、出世稲荷としてその御神徳は広く関東一円に拡がりたり。<br /><p>さらに寛元の頃（十三世紀中）鎌倉に疫病流行せし時、<br />佐介稲荷の大神再び奇瑞を現し給い、霊種をして<br />薬草を生ぜしめ病苦の者、ことことく癒し給いぬ。<br /><p>以来、神威更にかがやき、商売繁盛、病気平癒、大漁満船、学業成就の霊験顕然たり。例祭　二月初午　正午<br><br><br /><h5>縁結び像十一面観音菩薩</h5><br /><p>徳川時代、足柄郡の尼寺から縁あって当地に安置された木像十一面観音は、良縁にうすく、諦めて仏門に入られた美しい姫君、赤松幸運がこの世の若い男女に良縁あらんことをと祈りつつ彫られたと伝えられています。</blockquote><br /><p>右手をみるとまだ奥がありそうだ。行ってみる。<br /><img src="http://blog-imgs-21.fc2.com/o/i/c/oicu/SSK010.jpg"><br /><p>おお紛れもなくお稲荷さんだ。お稲荷さんは日本各地でみかけるし、ある石油会社の製油所に入ったときに見かけたこともある。以前に潰れて話題になったスーパーの社長以下が日課としてお稲荷さんにお参りするグラビアが紹介されていたこともあった。とにかく行ってみることにする。<br /><img src="http://blog-imgs-21.fc2.com/o/i/c/oicu/SSK020.jpg"><br />お稲荷さんといえば、英勝寺名の隠里稲荷の脇にある「お稲荷様」という看板に曰く、<blockquote><p>世にお稲荷様と申上げている稲荷神社は倉稲魂神（うがのみたまのかみ）をお祭りしたもので今から約千三百年の昔、和銅四年の二月の初午（はつうま）の日に京都の伏見に稲荷神社が鎮座したのが始まりです。この神は稲がなるイナリの別名が示すように五穀の生育やすべての産業を育成する広大な御神徳のある神ですから、あらゆる人々の信仰をうけ全国各地の神社や邸内に祭られています。…</blockquote><br />なるほど。ちゃんと教わったことはなかった。<br /><p>参道の階段を登りつめた先が拝殿。<br /><img src="http://blog-imgs-21.fc2.com/o/i/c/oicu/SSK030.jpg"><br />拝殿脇の看板に曰く、<blockquote><p>祭神は、宇迦御魂命（うかみたまのみこと）、大己貴命（おおなむちのみこと）、佐田彦命（さたひこのみこと）、大宮女命（おおみやめのみこと）、事代主命（ことしろぬしのみこと）で2月の初午に例祭が行われます。社伝によると源頼朝が建久年間畠山重忠に命じて再建させたといわれ、その時、台と山崎の地を社領として寄進したと伝えられます。</blockquote><br /><p>拝殿の奥には石段がある。行ってみる。<br /><img src="http://blog-imgs-21.fc2.com/o/i/c/oicu/SSK040.jpg"><br /><p>奥が本殿らしい。<br /><img src="http://blog-imgs-21.fc2.com/o/i/c/oicu/SSK050.jpg"><br /><p>本殿の周りには古い稲荷が群をなしている。素朴で、赤い幟もなく本来ははこうだったんだろうな、と思わせる。祈る気持ちがいかなるものにせよ、にじんでいるかに見える。しばし、見とれる。<br /><img src="http://blog-imgs-21.fc2.com/o/i/c/oicu/SSK060.jpg"><br><br /><img src="http://blog-imgs-21.fc2.com/o/i/c/oicu/SSK070.jpg"><br><br /><img src="http://blog-imgs-21.fc2.com/o/i/c/oicu/SSK080.jpg"><br /><p>拝殿から、参道を見下ろす。さぁ、帰ろう。通りに出て駅へ向かう。すごい人だ。それにしても、佐助神社はウソのように静まり返っていた。<br /><img src="http://blog-imgs-21.fc2.com/o/i/c/oicu/SSK090.jpg"> ]]>
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<title>鎌倉散歩(1)-5</title>
<description> 海蔵寺を後に歩みを進める。鎌倉七切通の1つ、化粧坂（けわいざか）切通にさしかかる。元弘三(1333)年、新田義貞・鎌倉攻めの激戦地。九十九折のけわしい坂道である。平家の武将首を首実検のため化粧した地であるとか、遊女の宿があった地であるとか、諸説ある。坂を上り詰め、案内標識に従って右へ。「佐助」の地名が見える。行き当たったT字路を坂を下る左に進む。かなり急な坂だ。やがて、細い下り坂にタクシーが止まっているあ
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<![CDATA[ <p>海蔵寺を後に歩みを進める。鎌倉七切通の1つ、化粧坂（けわいざか）切通にさしかかる。元弘三(1333)年、新田義貞・鎌倉攻めの激戦地。九十九折のけわしい坂道である。平家の武将首を首実検のため化粧した地であるとか、遊女の宿があった地であるとか、諸説ある。<br /><img src="http://blog-imgs-21.fc2.com/o/i/c/oicu/UGJ000.jpg"><br /><p>坂を上り詰め、案内標識に従って右へ。「佐助」の地名が見える。行き当たったT字路を坂を下る左に進む。かなり急な坂だ。やがて、細い下り坂にタクシーが止まっているあたりを見ると鳥居と洞窟の入口。銭洗弁天（銭洗弁財天宇賀福神社）。随分昔に来た覚えがある。<br /><img src="http://blog-imgs-21.fc2.com/o/i/c/oicu/UGJ010.jpg"><br /><p>狭っ苦しく薄暗い洞窟を抜けると、赤い鳥居のトンネルが続く。進むと、急に明るくなりまぶしくて目を細める。目が慣れて周りを見回すと、屋根が抜け落ちた石窟にいる心地がする。そんな地形の中に銭洗弁天はある。<br /><img src="http://blog-imgs-21.fc2.com/o/i/c/oicu/UGJ020.jpg"><br /><p>見回して、すぐそれと知れるのは本宮。<br /><img src="http://blog-imgs-21.fc2.com/o/i/c/oicu/UGJ030.jpg"><br /><p>奥に石窟が見える。この傍らに小さな池があり、そこでお金を洗うと「お金が増える」と信じられているのだ。4、5歳の男児を連れた母親がザルでお金を洗っている。子どもがしきりにザルの中を覗こうとまつわりついている。「ねぇ～ふえた？」と男児。「えっ、なに？」と母親。話が見えないらしい。「ねぇ～ふえた？、あとからふえるんだよね」と男児。母親はきょとんとしている。どうも、男児はおじいちゃんかおばあちゃんに吹き込まれてきたものとみえる。結局、親子の会話は噛み合わないままだった。<br /><img src="http://blog-imgs-21.fc2.com/o/i/c/oicu/UGJ040.jpg"><br /><p>右奥が奥宮らしい。<br /><img src="http://blog-imgs-21.fc2.com/o/i/c/oicu/UGJ050.jpg"><br /><p>左奥には弁財天が祀られているとみた。<br /><img src="http://blog-imgs-21.fc2.com/o/i/c/oicu/UGJ060.jpg"><br /><p>奥まった岸壁のしたには下之水神社。<br /><img src="http://blog-imgs-21.fc2.com/o/i/c/oicu/UGJ070.jpg"><br /><p>さらに七福神社があった。社務所を中心に小さな社殿がいくつか建っていて巡回して参拝できるようになっているのだそうだ。<br /><img src="http://blog-imgs-21.fc2.com/o/i/c/oicu/UGJ080.jpg"><br /><p>さすがに時間も時間だ。人が動き出した。もう潮時かもしれない。大鳥居まで戻り、坂道を下る。 ]]>
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<title>鎌倉散歩(1)-4</title>
<description> 来た道を脇目もふらず道なりに進むと階段に行きあたる。臨済宗建長寺派の海蔵寺だ。建立は建長五(1253)年。開山は源翁禅師（心昭空外）。開基は上杉憲定。本尊は薬師如来。当時は七堂伽藍の大寺と伝えられている。元弘三(1333)年、鎌倉滅亡の際の兵火で全焼。室町時代の応永元(1394)年、関東菅領・足利氏満の命で山内上杉氏定が再興。境内にある鎌倉十井の一つ、十六ノ井戸（鎌倉時代の井戸）が知られている。納骨穴の跡との説も。
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<![CDATA[ <p>来た道を脇目もふらず道なりに進むと階段に行きあたる。臨済宗建長寺派の海蔵寺だ。建立は建長五(1253)年。開山は源翁禅師（心昭空外）。開基は上杉憲定。本尊は薬師如来。当時は七堂伽藍の大寺と伝えられている。元弘三(1333)年、鎌倉滅亡の際の兵火で全焼。室町時代の応永元(1394)年、関東菅領・足利氏満の命で山内上杉氏定が再興。境内にある鎌倉十井の一つ、十六ノ井戸（鎌倉時代の井戸）が知られている。納骨穴の跡との説も。ただし、この井戸の拝観は有料。<br /><img src="http://blog-imgs-21.fc2.com/o/i/c/oicu/KZZ000.jpg"><br /><p>ちょいと右脇をみると草に覆われた碑がある。<br /><img src="http://blog-imgs-21.fc2.com/o/i/c/oicu/KZZ010.jpg"><br />脇に立つ看板に曰く<blockquote>底脱の井（そこぬけのい）<br><br /><p>この井戸は、鎌倉十井の一つです。<br /><p>中世の武将の安達泰盛の娘・千代能が、ここに水汲みに来た時、水桶の底がすっぽり抜けたため、「千代能がいただく桶の底脱けて、水たまらねば月もやどらず」とうたったことから、この名がついたといわれています。</blockquote><br />道から階段を見上げると山門が見える。<br /><img src="http://blog-imgs-21.fc2.com/o/i/c/oicu/KZZ020.jpg"><br /><p>階段を登り山門から振り返って見る。<br /><img src="http://blog-imgs-21.fc2.com/o/i/c/oicu/KZZ030.jpg"><br /><p>本堂はいたって質素。<br /><img src="http://blog-imgs-21.fc2.com/o/i/c/oicu/KZZ040.jpg"><br /><p>いかにも禅寺らしい庭。四季折々の景色が思い浮かぶ。脇を見ると、岩を穿ってあり、石塔や宝塔が見える。それらの由縁はわからない。<br /><img src="http://blog-imgs-21.fc2.com/o/i/c/oicu/KZZ050.jpg"><br /><p>本堂前に戻ると、寺男だか坊主だかとアベックの男性と問答というか言い争いをしている。<br /><blockquote><p>寺男だか坊主は「お参りをしたか」と難詰口調。<br /><p>「庭を見てからにしようと思っていた」と男性。<br /><p>「あべこべだ」と寺男だか坊主。<br /><p>「庭をずかずか歩き回ってから挨拶なんてあるものか。そんな人は帰ってくれ」と寺男だか坊主。</blockquote>正論だろうが、周りで見ている限り、八つ当たりか言いがかりに思える。最初から、事の次第を見ていたのではないから子細は不明。でも、なにかシックリしない。確かに、迷える衆生を救おうという宗派ではないから、多少の気難しさはわかる。それにしても、仏門にある身として、あの言動はいかがなものか。作法に従わない無礼者を嫌うなら、一般拝観などやめるべきだ。などと思いつつ、その場を去った。ちょっと嫌な感じが残った。四季折々の景色を見たくはあるが、もう、ここには足が向きそうにない。<br /><p>来た道を戻り、標識に従って化粧坂切通へ向かう。<br /><img src="http://blog-imgs-21.fc2.com/o/i/c/oicu/KZZ060.jpg"> ]]>
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<title>鎌倉散歩(1)-3</title>
<description> 源氏山から下り、寿福寺墓地片隅に咲く花との別れを惜しみつつ山門まで戻る。山門を背に左に線路沿いを進む。まもなく、左手に英勝寺。ここは、尼寺であり、一般公開していない。江戸を開いた太田道灌の子孫康資の娘で、徳川家康の側室となったお勝局（英勝 院長誉清春）が建てた浄土宗の寺。山号は東光山。看板によれば、境内は太田道灌の屋敷跡であり、仏殿・鐘楼・祠堂・唐門は県の重要文化財とある。傍らには、太田道灌の屋敷
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<![CDATA[ <p>源氏山から下り、寿福寺墓地片隅に咲く花との別れを惜しみつつ山門まで戻る。<br /><img src="http://blog-imgs-21.fc2.com/o/i/c/oicu/KZJ000.jpg"><br /><p>山門を背に左に線路沿いを進む。まもなく、左手に英勝寺。ここは、尼寺であり、一般公開していない。江戸を開いた太田道灌の子孫康資の娘で、徳川家康の側室となったお勝局（英勝 院長誉清春）が建てた浄土宗の寺。山号は東光山。看板によれば、境内は太田道灌の屋敷跡であり、仏殿・鐘楼・祠堂・唐門は県の重要文化財とある。<br /><img src="http://blog-imgs-21.fc2.com/o/i/c/oicu/KZJ010.jpg"><br /><p>傍らには、太田道灌の屋敷跡であったことを説明する、真新しい（実際には大正年間のものらしい）石碑がある。英勝寺を後にさらに進む。<br /><img src="http://blog-imgs-21.fc2.com/o/i/c/oicu/KZJ020.jpg"><br /><p>道端に赤い鳥居、お稲荷さんの幟がはためいている。隠里稲荷というらしい。奥の岩を穿ったところに社。脇に英勝寺が立てた看板。詳しいことはわからないが、神仏習合の名残なのか。看板に曰く「鎌倉風土記によると源の頼朝が伊豆の蛭が小島にいたとき病の床につき三晩続けて同じ白ひげの老人の夢をみました。その老人の言うとおりにくすりを飲みますと病はなおりこれが縁で幕府を開くことが出来たということです。この白ひげの老人が隠里稲荷の化身であったということです」。佐助稲荷の言い伝えにも共通するようなお話。<br /><img src="http://blog-imgs-21.fc2.com/o/i/c/oicu/KZJ030.jpg"><br /><p>さらに道なりに進む。道はやがて線路と別れ、山側に向かう。随分賑やかな案内標識が目に飛び込んでくる。ほう、今はこうなんだ。海蔵寺、英勝寺・寿福寺、化粧坂切通、亀ヶ谷切通、鎌倉駅とある。昔はこんなものはろくすっぽなかったが。標識を横目に海蔵寺に向かう。<br /><img src="http://blog-imgs-21.fc2.com/o/i/c/oicu/KZJ040.jpg"><br /><p>途中、民家の塀の上まで伸びた巨大なサボテンを発見。しかも花をつけている。子どもの頃に見たパートカラー映画「暗黒の大陸」のサボテンを思い出させる。この辺は陽気がいいらしい。<br /><img src="http://blog-imgs-21.fc2.com/o/i/c/oicu/KZJ050.jpg"> ]]>
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<title>鎌倉散歩(1)-2</title>
<description> 寿福寺墓地の左手奥に細い登り道が見える。鉈で割ったような細い道を通り過ぎると、視界が開け、眼下に寿福寺の境内がみえる。緑が深く、とても都会の一角とは想像もできない。このあたりに来ると、小鳥のさえずりがにわかに賑やかに聞こえる。さらに登る。しばらくすると、小道の左側にコンクリートの柵に囲まれた碑がある。立てかけられた看板に曰く「太田道灌首塚」。あれっ、首塚はどこか他の地で見た記憶がある。由縁のほどは
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<![CDATA[ <p>寿福寺墓地の左手奥に細い登り道が見える。<br /><img src="http://blog-imgs-21.fc2.com/o/i/c/oicu/GNJ000.jpg"><br clear="all"><br /><p>鉈で割ったような細い道を通り過ぎると、視界が開け、眼下に寿福寺の境内がみえる。緑が深く、とても都会の一角とは想像もできない。このあたりに来ると、小鳥のさえずりがにわかに賑やかに聞こえる。<br /><img src="http://blog-imgs-21.fc2.com/o/i/c/oicu/GNJ010.jpg"><br clear="all"><br /><p>さらに登る。しばらくすると、小道の左側にコンクリートの柵に囲まれた碑がある。立てかけられた看板に曰く「太田道灌首塚」。あれっ、首塚はどこか他の地で見た記憶がある。由縁のほどはよくわからない。太田道灌ゆかりの地であることは間違いないのだから、もっともらしくはある。太田道灌というと、あの山吹の一件が有名。有楽町・旧東京都庁の前にあった狩衣姿の銅像が思い起こされる。<br /><img src="http://blog-imgs-21.fc2.com/o/i/c/oicu/GNJ020.jpg"><br clear="all"><br /><p>まだまだ登りは続く。犬を散歩させている人と行き交った。<br /><img src="http://blog-imgs-21.fc2.com/o/i/c/oicu/GNJ030.jpg"><br clear="all"><br /><p>しばらくして頂上にたどり着いた。見回しても、深山の趣で、現代や都会の気配はない。ただ、小鳥のさえずりが姦しいだけ。都心の近くにまだこんなところが残っているんだなぁ、としみじみ。源氏山公園というからには、時節になれば子どもたちや家族連れで賑わうのだろう。ここから、まだ先に進めそうだが、いったん下ることにする。<br /><img src="http://blog-imgs-21.fc2.com/o/i/c/oicu/GNJ040.jpg"><br clear="all"> ]]>
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<title>鎌倉散歩(1)-1</title>
<description> 歩いたルート：駅→寿福寺→源氏山→英勝寺→海蔵寺→化粧坂→銭洗弁天→佐助稲荷→駅。別に計画をしていたわけではない。決めていたのは寿福寺と佐助稲荷だけ。理由は単純で、運動がてら歩きたかったのと、鎌倉市民だった頃に行ったことがなかったから。土曜日、混雑するのはわかっているから、朝早めに出かけた。品川駅のホームもこの通り。駅から線路沿いをトコトコ歩く。たまに地元のバイクや車と行き交うだけ。なかなかいい感じ。2つ
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<![CDATA[ <p>歩いたルート：駅→寿福寺→源氏山→英勝寺→海蔵寺→化粧坂→銭洗弁天→佐助稲荷→駅。別に計画をしていたわけではない。決めていたのは寿福寺と佐助稲荷だけ。理由は単純で、運動がてら歩きたかったのと、鎌倉市民だった頃に行ったことがなかったから。<br /><p>土曜日、混雑するのはわかっているから、朝早めに出かけた。品川駅のホームもこの通り。<br /><img src="http://blog-imgs-21.fc2.com/o/i/c/oicu/JFJ000.jpg"><br clear="all"><br /><p>駅から線路沿いをトコトコ歩く。たまに地元のバイクや車と行き交うだけ。なかなかいい感じ。<br /><p>2つめの神社を通りすぎて左に折れる。寿福寺。山門脇にある鎌倉市教育委員会の看板には「亀谷山寿福金剛禅寺（臨済宗建長寺派）は、正治ニ年（一二〇〇年）に頼朝夫人政子が、明庵栄西禅師を開山として建てたもので、鎌倉五山の第三位であります。」とある。こじんまりした構えが個人的に好ましい。<br /><img src="http://blog-imgs-21.fc2.com/o/i/c/oicu/JFJ010.jpg"><br clear="all"><br /><p>山門を抜けると石畳の参道が続く。若い頃、1年足らずだが、ムササビが棲むような曹洞宗の寺に住みこんだことがある。思わず懐かしさが込み上げる。あの方丈さんもいまはない。<br /><img src="http://blog-imgs-21.fc2.com/o/i/c/oicu/JFJ020.jpg"><br clear="all"><br /><p>門外漢だが、禅宗は小乗の流れだろうから、皆で称名や念仏を唱えるのではなく、静かに己と向き合う修行の場が寺だろう。ひっそりとした感じはさすが。団体と鉢合わせしたら興ざめだろう。早朝で正解。朝早いせいではなく、一般参観はしていないのだろう。それも正解かもしれない。誰も彼もが禅宗に帰依しているわけでもなく、する気もなかろう。物見遊山で境内をどかどか歩き回られるは耐え難かろうしね。<br /><img src="http://blog-imgs-21.fc2.com/o/i/c/oicu/JFJ030.jpg"><br clear="all"><br /><p>境内の裏手が墓所のようだ。本来、中門に向かって右に鐘楼があり、その先から政子・実朝の墓所に行けるらしい。がけ崩れだか落石だかで通せんぼ。左から迂回しろと案内。墓地の階段もいわくありげ。源氏山への登り口でもあるそうな。<br /><img src="http://blog-imgs-21.fc2.com/o/i/c/oicu/JFJ040.jpg"><br clear="all"><br /><p>斜面が穿ってあり、そこに政子・実朝の墓の案内。中には宝塔や墓石。思わず固まり、しばし合掌。諸行無常の具現かな。<br /><img src="http://blog-imgs-21.fc2.com/o/i/c/oicu/JFJ050.jpg"><br clear="all"> ]]>
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